「景気の回復が感じられないのはなぜか 長期停滞論争」
ローレンス・サマーズ、ベン・バーナンキ、ポール・クルーグマン、アルヴィン・ハンセン/山形浩生(訳)
遅まきながら読みました。

小さく薄い本なのですぐに読めます。
内容も論文ではなく、一般紙に掲載された記事や講義録なのでむずかしいところはまったくありません。
経済系の親書が読める人なら難なく理解できる水準です。

主にサマーズの主張「長期停滞論」についてまとめていきます。

「財政支出を行ってインフラ投資を大々的に行うべきだ。
それは格差の緩和につながり、長期的な生産能力を増やし、将来の政府債務を減らす」



<ローレンス・サマーズ>
サマーズは長年ハーバード大学で教鞭をとるほか、世界銀行チーフエコノミスト・米国財務長官などを歴任した、世界でもっとも著名なマクロ経済学者のひとりです。
サマーズが長期停滞論を提唱し始めたのは2013年のことでした。

リーマンショック以降の米国実体経済の回復はきわめて緩慢。
企業の貯蓄が多すぎて、金融バブルの危険があるほどの低金利なのに、投資需要が不十分になるという「長期停滞」が生じているのではないかという懸念がますます高まっている。
ヨーロッパや日本は、完全に長期停滞にはまり込んでいる。

完全雇用と整合する短期実質金利(均衡金利)がマイナスなら、均衡金利を目指して政策金利を異常に低い水準に張り付けておくことは副作用がありむずかしいうえに、結局根底にある問題は残りかねない。
(引用者注:「根底にある問題」は、生産性上昇のキャッチアップや賃金上昇が不十分な水準にとどまることをさす?)

財政支出を行ってインフラ投資を大々的に行うべきだ。
それは格差の緩和につながり、長期的な生産能力を増やし、将来の政府債務を減らす。

お金を借りれば負債に計上される。
しかし、どこかの時点でやらねばならない維持補修を先送りにしても負債にはならない。
これは単なる会計上の慣習でしかなく、経済的な現実ではない。
維持補修や必要な投資が先送りになると、その費用は2%以下の連邦借入金よりずっと急速に積み上がるのだ。

政府支出が民間需要を制約するクラウディングアウトが言われるが、金利が上がらなければ起こらない。
実際、財政政策が需要を増やし、それがインフレ上昇につながれば実質金利の低下が起こり、民間投資はクラウディングアウトされるどころかむしろ呼び込まれることになる。

中央銀行がインフレ目標を達成できるという主張は、どう見ても確実に信用できるものとは言えない。
期待インフレを市場の指標で見ると、先進国のどこでもインフレ率は今後10年間かそこらは2%に達しないと示唆されている。

実質利子率ゼロの長期停滞世界では、政府の債務元利支払いはとても安上がりだ。
公共投資プロジェクトが少しでもプラスの収益を出せば、それに伴う債務の元利返済ができるだけの収入を生み出せる。
このプロジェクトに、ケインズ的財政刺激効果やヒステリシス効果が少しでもあれば、この影響がさらに拡大する。
これは単なる理論的ポイントにとどまらない。
2014年10月IMF世界経済見通しは、金利ゼロ下限制約近くの国々での公共投資が、債務GDP比率を大幅に減らす見込みが高いと示唆している。

実質金利の低い経済下で拡張的な財政政策をとるべきだという主張は、中央銀行が独自の活動だけでインフレ期待を引き上げられるか怪しい場合には、なおさら重要になる。
金利がゼロ近くにとらわれている状況、たとえば日本やドイツで見られる状況では、拡張的な財政政策はインフレ期待を引き上げることで実質金利を引き下げる。
(下線は引用者が付した)

<ベン・バーナンキ>
マクロ経済、特にインフレーション・ターゲットの研究で知られ、米国の中央銀行にあたるFRBの議長を2期8年にわたって務めました。
リーマンショックの収拾にあたり、量的緩和・信用緩和政策を大規模に行い世界経済を奈落の淵から救いました。

日本の金融政策の伝達経路は両方とも限界に達しているようだ。
まず今日の日本では、短期利子率だけではなく非常に長期の利子率も下限近くに達している。言うならば一種の超流動性の罠にある。
同様に、日本銀行は最近、短期利子率のイールドカーブ操作の余地がほとんどないのに、実質的に金融状況を緩和してきた。
しかしながら、今やすべての期間構造で金利が実質的にゼロになり(そして日銀は金融の安定性のため大幅なマイナスの金利にする気は明らかにない)、日本では非伝統的な手段を通じたものすら含めても、金融状況をこれ以上大幅に緩和する余地は限られているようだ。
(下線は引用者が付した)

引用に関する補足

本来、本書ではサマーズが繰り広げる「長期停滞論」に、バーナンキが循環論の立場で応答するという形になっています。

大まかに整理すると、
サマーズ :長期停滞にはまりそう! 財政支出でインフラ整備!
バーナンキ:一時的な貯蓄の世界的なバランス不良だから、各国が金融政策をちゃんとやってればそのうち収まるよ
というようなやり取りでした。

ただし、これは米国の事情についての話です。
両者とも、すでに長期金利までがマイナスに落ち込んでいる欧州、そして日本については「長期停滞」にはまり込んでしまっていることを否定しません。

バーナンキは「超流動性の罠」にあり、「金融状況をこれまで以上に大幅に緩和する余地は限られているようだ」といいます。

つまり、サマーズにもバーナンキにも日本は長期停滞認定されています。
財政支出がより重要性を帯びている、喫緊の課題といえるわけです。

長期停滞論の「キモ」はどこか

日本の長期停滞において、サマーズの主張がなぜ重要なのかというと、こういうことです。

①金利がマイナスということは、お金を借りられるだけ借りた方が得なんだから、借りようよ。
②借りたお金を、やらなきゃいけない事業に使おうよ。民間のお金ではやれないことで、後回しにしたら大変なことになっちゃう案件をいろいろ放置しているよね?
③やるべき事業をやるルートと、やらないルートではその先の世界は全然違ってくるんだよ?(ヒステリシス効果)


借りたらお金が余計にもらえてしまうようなカネ余りの世界なのに、政府の負債を心配して節約に節約を重ねるのは合理的ではありません。

「外に出ると大鷲にさらわれるかもしれないからずっと家の中にいなさい」と言われて育つ子どもは、すこやかで丈夫なおとなになれないでしょう?

まして、「お金借りちゃいなよ」に反対意見を言っているバーナンキ先生ですら、「日本はまあ、やれることは大体やりつくしたよね」と言っているわけです。

長期停滞からの脱出を、真剣に考えるべきです。

財政支出の帰趨と株式への影響を考える

①財政支出が行われる可能性はあるのか?
米国では前回の大統領選(2016年)あたりから、そして欧州でも軌を一にして「反緊縮」の動きが盛り上がっています。

米国では若者の強い支持を受けている民主党のバーニー・サンダースや、アレキサンドリア・オカシオコルテス議員の経済ブレーンとして「MMT」を奉じる経済学者が活躍し、財政支出の活発化にかじを切っています。

欧州ではくすぶる南北問題や景気の悪化、格差問題や出稼ぎ労働者と地元労働者の軋轢など、さまざまな問題を背景に、反緊縮政党や労働者政党が支持を伸ばしています。

日本では、MMT支持者をブレーンにつけたれいわ新撰組が小規模政党ながら、一定の存在感を発揮しています。

日本ではかつて、1990年代末に小渕恵三総理の下、大規模に財政支出が行われました。
「世界一の借金王」を自称していたことが思い出されます。
1997年に消費税が増税され、崩落しかかった日本経済を下支えするための財政支出でした。

それから20年以上、日本では財政支出は削られるばかりです。
社会保障支出が膨らんでおり、そのための自然増はありますが、インフラの整備や教育行政などへの支出は厳しく削られ続けています。

保育士や介護福祉士の給料が安い。
大学教員の研究費が競争的でしかも少なく、安定した研究環境にない。
橋や発電所といった、基礎的なインフラが古くなっても更新されない。
正規の公務員は減り続け給料は下がり続け、みな派遣社員に置き換わっている。

怨嗟の声があちこちから聞こえてきていますが……。
現状では残念ながら、再び財政支出にかじが切られる見込みは薄いと言わざるを得ません。

②それでも、もし、日本で再び財政支出にかじが切られたら?
サマーズの言うようにもし日本で財政支出にかじを切りインフラ整備を行っていくとなった場合、実は建設・土木業界が対応できず、予算の執行に支障をきたす可能性があります。

長年にわたって公共事業を減らし続けてきた結果、業者や人員が減り機材も老朽化しているといいます。
本腰を入れてインフラ整備が行われていくことが浸透し、建設・土木業界で活発に投資が行われ供給制約が解消するまで、長期間の財政支出を続けることを約束する必要があります。

そうなれば、格差が縮小に向かっていきます。
建設・土木業界は、都市部に集中している高学歴ホワイトカラー「以外」の層に高賃金の職を行き渡らせるからです。

消費・サービス関連が伸び、子どもの数も増えていきます。
地方経済が活性化に向かうことで、観光需要なども盛り上がっていくでしょう。

株式への波及という点では、内需関連セクターへの投資が有望になります。
「食品」「小売」「不動産」「建設・資材」「電力・ガス」「銀行」「金融」「運輸・物流」などのセクターが有力です。

なかでも最もリバウンドが大きいのは銀行セクターだと思います。

人生を豊かにする「投資」の専門家
日野秀規でした。
ありがとうございました!

(参考文献)

質問・感想お待ちしています! こちらからお願いします
LINE@に登録をお願いします。ブログの更新をお知らせします。直接ご連絡もしていただけます。
※感想やご質問は、今後の記事でご紹介させていただく場合があります。

★お金のこと、お仕事のこと、投資のこと、気軽にご相談にいらしてください。下の「ご相談メニュー」をご覧ください。
ごあいさつ
プロフィール
ご相談メニュー