前編 着実な資産形成を行う日本の兼業個人長期投資家を対象として、今まで出版された投資関連書籍のなかでもっともすぐれた書籍をご紹介します 全然初心者向きではない「初心者のための資産運用入門 いますぐ始める自分とお金の成長戦略」
「初心者のための資産運用入門 いますぐ始める自分とお金の成長戦略」を読みました。
著者は加藤康之氏。
野村證券およびグループのシンクタンク等でエコノミストを長年務め、2010年からは京都大学でファイナンスを研究しています。
その傍ら、ロボアドバイザー「THEO」で知られる株式会社お金のデザインのアドバイザーを務めながら、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)経営委員を兼務するなど、日本における証券投資研究の第一人者といえます。
ガチ中のガチです。
その加藤氏が2009年、東洋経済新報社より上梓したのが本書です。
「初心者のための……」とうたわれていますが、ほんの数ページ読み進めるだけで「先生、ご冗談でしょう」と言いたくなるような、専門用語飛び交う資産運用のディープインサイドに連れていかれてしまいます。
専門用語を使って平易かつ、過不足なくこなれた説明文は、初心者にはなじみません。
たとえ話を入れ、あちこち寄り道して、わき道をコラムで入れ、イメージイラストで和ませて……と、ここまでやって初めて初心者はページをめくり続けることができる。
自分を振り返ってこう思います。
本書はむしろ「大学の学部生向け教科書」といった趣です。
なので、内容の水準は驚くほど高いのです。
この1冊を読み切れば、資産形成に必要な知識の核はすべて得られると言っても過言ではありません。
その意味では文句のつけようがなく、僕は本書は「今まで出版された個人向け投資関連書籍のなかで、もっともすぐれた一般書」だと思っています。
たとえば山崎元氏などの手による「本当の初心者向け」書籍を読みこなしたのち、2冊目にぜひ読んでほしい最高の本です。
ポイントを紹介していきます。
なぜ、本書が「今まで出版された個人投資関連書籍のなかで、もっともすぐれた一般書」だといえるのか
①一般向けの投資指南本は「疑問を抱かせない」、本書は「疑問をしっかり持つための足場を提供する」
一般向けの投資指南本は手を変え品を変え、あるいは装いだけを変え毎月毎日発行され続けています。
初心者の方が次々と参入してくる一方、資産運用の本質や有力な手法はそうそう変わらないので、これは当然のことです。
儲けを追求する分の資金は世界株式長期インデックス投資。
自分が我慢できる範囲の値動きに収まる程度の割合で株式投信・ETFをもち、それ以外は個人向け国債で保有。
ドルコスト投資法、定期リバランス。
要はこれだけです。
ある程度決まりきった手順に従って、忠実に実行していくだけでいい。
ガンプラを組み立てるようなものです。
「なぜガンプラの組み立て方はこの順番になっているんだろう」というような疑問は余計です。
投資のベースとなる「理屈」や観察された「現象」に対する最低限度の理解をベースに、一気に飛躍して「実践」になるので、途中で考える材料もきっかけもないんですね。
疑問をさしはさむ余地がないよう論理・手法が展開されているため、すっきりわかるようになっているのがすぐれた一般向けの投資指南本です。
この意味で、本書は「すっきりわかる」ようになっていません。
「ガンプラの組み立て方がこの順番になっている理由」がえんえん説明されているからです。
なぜ投資をする必要があるのか。
なぜ長期投資なのか。
人生と投資はどのような経路でつながれるのか。
なぜ世界株式市場平均投資をベースにするのか。
なぜ複数の株式スタイルを理解する必要があるのか。
このような理路は全部、知らなくても資産形成はできます。
でも、自分の投資の土台を作るという意味ではとても重要で、欠かせない準拠枠です。
今後の投資は、これまでの10年のようにぼーっとしていても儲かるというものにはなりません。
しっかり自分の目標達成に向けて手を打っていくための基礎として、本書は必ず役に立ちます。
②専門家の思考スキームの一端に触れ、自分に当てはめることで考えが動き始める
本書のコンテンツの中で、特に他の初心者向け書籍では見られない高度な概念をこのあと3つご紹介します。
これらが凡百の投資本と本書を分けるポイントです。
②デュレーションマッチング
③スタイル/アルファの分散
ALMを知ることにより、私たちが資産形成を行う必要性が明確になり、リスク管理のめやすを持つことができます。
デュレーションマッチングという考え方を知ることにより、運用資産の「長期・短期」について明確に意識することができるようになります。
事実上「永遠」と同義に扱われる「長期」ではなく、人生の時間軸において長期・短期を考え、それに沿って運用商品の選択を行うことができるようになります。
スタイル/アルファの分散という考え方の意義と効果を知ることで、市場ポートフォリオから一歩出て、より安定的に超過収益を得るための工夫を考えることができます。
本書では以上のような、一般向けの投資指南本が考えないで済むようにしてきた原理的な部分(投資運用の「ファンダメンタル」)をあえて持ち出しています。
読み切った後には、あなたの資産運用は格段に知的洗練と改善の可能性を増しているはずです。
資産と負債の釣り合いをとる、ALM(asset liability management)の考え方と手法
①ALMとはそもそも何なのか?
asset(資産)とliability(負債)をマッチングさせてリスクを管理する手法です。
と言ってもこれでは何のことやらわかりませんね。
本来は、金融機関が「①経営に危険が及ばないかぎりにおいて」「②できる限り効率的に収益を上げるために」「③資産と負債をマッチングさせて管理する」考え方が、ALMです。
たとえばの話。
金融機関が収益を最大化させたいなら、相手が破たんが懸念される先だろうが反社会的勢力だろうが何だろうが高利で貸せるだけ貸しまくり、ボロ株やジャンク債を買いまくり、これらの期待リターンを超えない範囲で少々金利が高くても資金調達をしまくる(高レバレッジ)のが最強です。
ただし、ほんの少し景気が傾くだけでたちまち経営破たんに陥ります。
逆に安心安全経営に徹するなら、コストはできるかぎり預金者からの手数料でまかない、投資信託や保険販売の場貸しと、あとは国債を買えるだけ買ってじっと持っていることに徹するのがベストの選択になります。
ただし、仮にすべての金融機関が同じ行動をとれば国債が不足して値段が上がり、金利は下がって収益を得られなくなってしまいます。
これら両極端のシナリオの間で、収益を安定的に最大化できる「資産の利用法」と「負債の調達法」のマッチングを探るのがALMである……ということになります。
ここでどうでしょう、個人の資産・負債においても似たような考え方ができないでしょうか。
高レバ投資ジャンキーが前者のパターン、投資せず家も買わず現金をため込む人は後者のパターンとよく似ていないでしょうか?
②個人の人生をALMで考えてみる
ALMとは、企業経営において、プラスのキャッシュフローを生む資産と、マイナスのキャッシュフローを生む負債のミスマッチをなくすことで、経済的リスクに対応することをいいます。
個人の場合はこんなふうに考えてみると良いです。
本来、マイナスのキャッシュフローにはリスク(ぶれ幅)があります。
何事も不測の事態や事情変更、インフレの昂進などはつきものです。
ある一時点でプラスとマイナスが一致したからといって、リスク(危険)に対する引き当てができている……と喜ぶわけにはいきません。
ぶれ幅に対応するには、一時点でなく、動的に対処できる手段が必要です。
個人的には、税金社保費用と医療費用はこの先どんな上昇曲線をたどっていくか、考えるだにおそろしいと思っています。
マイナスが大きくなるリスク(危険)に備え、プラスを効率的に大きくしていく手立てをとる必要があるわけです。
この視点をプラスのキャッシュフローに適用してみると……
まず、現金保有は損失が発生しえないという点ではリスク(ぶれ幅)はありません。
しかし、マイナスのキャッシュフローのぶれに対応できるか……? という点では、リスク(危険)があるといえます。
図にしてみるとこんな感じ。
書籍では下の図のように説明されていました。
いざキャッシュフローのミスマッチが出そうになったときに、あわてておっとり刀で解決しようとしても間に合いません。
短期間でお金を作るのは、負債を増やすか投機に頼るかしかありません。
個人の夢であるライフプランを実現するために、それから発生するであろうマイナスのキャッシュフローに見合う資産形成を常々行っていく必要があるということになります。
黙っていても潤沢に預貯金が積み上がっていくようなリッチマンは別ですが、それでも万が一のインフレによる資産の目減りは起こりえます。
元本安全は絶対安全とは違います。
まずは資産保全・形成において投資リスクをとる意義をALMから理解し、そのうえで、アセットアロケーションの構築や投資商品の選定などを通してリスクを適切に管理・運用していくのが、ベーシックな資産運用であるということです。
このように、根本的なところで資産運用の意義や必要性をしっかり理解できると、資金拠出の増加や運用の改善へのモチベーションがグッと上がってきますよ!
前編の今回はここまで。
後編ではデュレーションとスタイル/アルファの分散についてご紹介します!
人生を豊かにする「投資」の専門家
日野秀規でした。
ありがとうございました!
(参考文献)
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